4月13日の朝4時頃のことです。
「陣痛がきたみたい」と辛そうに妻から起こされました。
聞くと3時頃から痛みが始まったようで4時頃の時点で7・8分間隔で陣痛がおこっていました。
そこで第一報を掛かりつけの産婦人科にしてみたところ
「5分間隔くらいになったらまた連絡ください」とのこと・・・。
大丈夫なの??と思いながらもひとまず寝て待つことに。
陣痛が5分間隔になり第二報をかけた際(たぶん6時頃だったと思います)には、
産婦人科からは「では、8時半ごろに来てください。」とのこと・・・。
この時には、妻も結構苦しそうで私ももう産まれちゃうんじゃないかとヒヤヒヤものでした。
時間の経過を待ちつつ8時半ごろ産婦人科に駆け込み私の開口一番、
「う、産まれそうなんです!!!」
完全にテンパってました。
受付の方はきょとんとした感じ・・・。
妻が苦しみながらも状況を報告すると、
「では、診察をしますので旦那さんはしばらくお待ちください。」と、落ち着いた感じで返されました。
内心は、”えーーー!?マジでもう産まれちゃうんじゃないの!!!”って感じで待合室で待たされ、
いつもの定期健診の流れに・・・。
診察の結果は、即入院に。
しかーし、残念なことに個室は全て満室状態だとか。
どうやら、前日6人も出産し一気に個室が埋まったらしく残っているのは、大部屋かVIPルームのみ。
VIPルームは、その名のとおり一泊2万円!!高い・・・やむなく大部屋に決定しました。
けれど、大部屋は妊婦以外の入室禁止!?しかも陣痛が激しくなるまでは、分娩室にも通されないので通路に置かれたテーブルで陣痛が激しくなるのを待ちつつ待機する羽目に。
通路は、片面ガラス張りで天井と壁は、コンクリートの打ちっぱなし、そこにテーブルと椅子2脚のセットが2つしかない作りはおしゃれなものの閑散とした場所・・・。
日が当たれば暖かいものの生憎外はどんよりとした曇り空で肌寒い日でした。
そして、ここからこの場所で全く予想だにしていなかった長期戦へと入るのでした・・・。
妻が陣痛で苦しむ中、私ができるのは腰をさすることぐらいで午前中は動揺もあり割りと早く過ぎ去りました。午後になると、ある程度二人とも落ち着きを取り戻し、歩けば早まるだろうとかお腹をさすったらとか体勢を変えてみればとか色々と二人で試行錯誤し陣痛が激しくなるのを今か今かと待っていました。
しかし、一向に陣痛が激しくなることも早まることも無く5分間隔で訪れる痛み・・・とても辛かっただろうと思います。
ガラス越しに時間の経過と共に、日が沈んで、外の街灯がともり始め、外が真っ暗になるのを二人で眺めながらもずっと続く痛み。ただただ、私は腰をさすってあげるだけでした。
そして、21時面会時間の終わりがきました。個室であればずっと付き添っていられるのですが、大部屋は入室禁止・・・。出産もまだいつになるか分からない状況の中、痛みに苦しむ妻にせめて付き添っていたいと思う願いも虚しく、帰らされることに。。。
ひとまず、自宅よりも病院に近い実家へ行き妻からの連絡を待つことに。
流石に1日がかりだったので、眠気もピーク、あっという間に落ちてしまいました。
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日が替わって4月14日の朝1時過ぎ妻からの電話で飛び起き、
私「産まれるの??」と第一声
妻「出産にはまだかかるけど、特別室に移されたから来て・・・」
”ピーピーピー”???何の音??っと思いながら携帯の画面を見ると
な、なんと、携帯のバッテリー切れ・・・タイミング悪すぎ・・・。
大事なところは何とか聞き取れたのですぐさま病院に急行し、妻のいる部屋に通してもらうと、そこには別れたときよりも一段と苦しむ妻の姿が・・・。
けれど未だ分娩室には通されず、、、どうやら陣痛がまだ弱く、産道も狭いらしい。。。
見ているのも辛く、早く!早く!と願いながらサポートに徹し3時を回ったごろようやく分娩室に通されたが、ここでも陣痛が強くなるのを待たされることに。。。
分娩室までくると妻の苦しむ様子もハンパじゃない・・・。この時点でもう24時間近くは続いている陣痛、とても体力が持つとは思えなかったし、苦しんでいるのを見てただただサポートしかできないことへの無力さを感じる。
30分毎に助産師さんが状態を確認しにきて、私はそのタイミングで外の通路で待つように言われた。
それを3・4回繰り返した頃には、外はすっかり明るくなり朝を迎えていた。
そして、通路に置いてある椅子に腰を掛け落ちるように寝てしまった。
このときは、どのくらい眠っていたのか、数十分寝ていたような数分しか寝ていないような感覚だった。
「旦那さん、中へお入りください」と助産師さんの声。
分娩室内に入るといつの間にか出産態勢に!!!?
いつの間にか、先生がおり助産師さんが3人に!!
その光景に私はたじろいでしまった。。。
「奥さんを励ましてあげてください」と言われ、我に返り妻の元へ。
今までの比ではない苦しみよう。。。
汗を拭き、お茶を飲ませはできたもののろくに声をかける事はできなかったように思う。
いきみの度にでる叫び声、そして、産道がまだ狭かったらしく、強引に妻のお腹に体重をかけ赤ちゃんを押し出そうとする助産師さんを見ているととても我慢できず今すぐ外に出たいほどだった。
4月14日、午前6時6分。
ようやく、母体から外に出てきた赤ちゃんが産声を上げた!!
赤ちゃんの姿を見て私は、泣き崩れてしまった。妻よりも先に・・・、というより妻は泣いたのだろうか?顔は汗にまみれていたし、泣くよりも喜びの方が大きかったのでは??その点は聞いていないが、産まれた瞬間は意識が一瞬飛んでいたと言う。
その苦しさは、出産を終えた妻の目にも出ており目の毛細血管が切れて一部白目が真っ赤に染まっていた。
長い激動の1日はやっと終わった。
赤ちゃんは、3,200gの女の子。名前は、華穂(かほ)です。
母子共に元気です。



お母さん、およそ27時間痛みに耐え、元気な赤ちゃんを産んでくれてありがとう。
そして、産まれて来た赤ちゃんへ、絶対に幸せにするからね!!元気に育ってください。
最後に、心配し、励ましそして喜んで下さったみなさん本当にありがとうございます。
今後とも家族3人を見守っていただければ幸いです。
